Edward Kennedy “Duke” Ellington

デューク・エリントン(Edward Kennedy “Duke” Ellington、1899年4月29日 – 1974年5月24日)は、ジャズを「芸術」の領域へと押し上げた作曲家・ピアニスト・バンドリーダーです。本名はエドワード・ケネディ・エリントン。ワシントンD.C.に生まれ、洗練された立ち居振る舞いから「デューク(公爵)」の愛称で呼ばれました。
ジャズを進化させたビッグバンドの革新者
1920年代、エリントンはニューヨーク・ハーレムの名門クラブCotton Clubに出演し、一躍注目を集めます。彼の音楽の特徴は、単なる作曲にとどまらず、メンバー一人ひとりの個性を活かした編曲にありました。
バンド全体をひとつの楽器のように扱う手法は、それまでのジャズにはなかった革新的なアプローチであり、ビッグバンド・ジャズの方向性を決定づけました。
代表曲と“エリントン・サウンド”
エリントンの作品は現在もスタンダードとして演奏され続けています。
- 「Take the ‘A’ Train」
- 「Mood Indigo」
- 「It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing)」
特に「Take the ‘A’ Train」は楽団のテーマ曲として有名ですが、作曲は盟友のBilly Strayhornによるものです。ストレイホーンとの協働は、エリントンの音楽を語るうえで欠かせません。
メンバーの個性を活かす作曲術
エリントン楽団には、
Johnny Hodges(サックス)や
Cootie Williams(トランペット)など、名プレイヤーが揃っていました。
エリントンは彼らの音色や癖まで理解し、「その人のための曲」を書くことで唯一無二のサウンドを作り上げます。この“オーダーメイド作曲”とも言える手法こそが、エリントン楽団の魅力でした。
ジャズを超えた挑戦
彼は短い楽曲だけでなく、「Black, Brown and Beige」のような組曲にも挑戦し、アフリカ系アメリカ人の歴史や文化を音楽で表現しました。
ジャズにクラシック的構造を取り入れながらも、スウィングや即興性を失わない――このバランス感覚こそが、エリントンの真骨頂です。
1964年の日本公演
1964年に新潟市で新潟地震が発生した際に日本公演を行っています。地震の被害を知ったエリントンは次に予定されていたハワイ公演の予定をとり消して東京厚生年金会館にて震災に対する募金を募ったコンサートを開催しました。その後、コンサートの純益である96万円が新潟市に贈られ、再来日した1966年には新潟市より国際親善名誉市民の称号が贈られました。